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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1719号 判決 1986年8月28日

第一七一九号事件控訴人、

第一九五八号事件被控訴人

(第一審A・B事件原告)

甲山A夫

第一七一九号事件控訴人

(第一審A事件原告)

甲山B子

右両名訴訟代理人弁護士

田坂昭頼

三原次郎

齋藤友嘉

第一七一九号事件被控訴人・

第一九五八号事件控訴人

(第一審A事件被告)

横須賀信用金庫

右代表者代表理事

乙川C雄

第一七一九号事件被控訴人

(第一審B事件被告)

国民金融公庫

右代表者総裁

田中敬

右両名訴訟代理人弁護士

中山明司

主文

一  原判決中第一七一九号事件控訴人甲山A夫の敗訴部分を取り消す。

二  貸主を第一七一九号事件被控訴人国民金融公庫、借主を訴外a建設有限会社、連帯保証人を同事件控訴人甲山A夫及び訴外甲山D郎とする昭和五七年六月一九日付金銭消費貸借契約に基づく同事件控訴人甲山A夫の同事件被控訴人国民金融公庫に対する残元本相当額金四六〇万円についての連帯保証債務が存在しないことを確認する。

三  第一七一九号事件控訴人甲山B子並びに一九五八号事件控訴人横須賀信用金庫の各控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、第一七一九号事件控訴人甲山A夫と同事件被控訴人国民金融公庫との間に生じた部分は第一、二審とも同事件被控訴人国民金融公庫の負担とし、同事件控訴人甲山B子と同事件被控訴人横須賀信用金庫との間に生じた当審における訴訟費用は同事件控訴人甲山B子の負担とし、第一九五八号事件控訴人横須賀信用金庫と同事件被控訴人甲山A夫との間に生じた当審における訴訟費用は同事件控訴人の負担とする。

理由

第一控訴人A夫の請求について

一  控訴人A夫が原判決添付物件目録(一)ないし(三)記載の土地(本件土地)を所有していること、本件土地には原判決二枚目裏三行目ないし七行目記載のとおりのいずれも被控訴人金庫を根抵当権者とする二個の根抵当権設定登記がなされていること、被控訴人公庫は控訴人A夫に対し、原判決三枚目表四行目ないし八行目記載のとおりの金銭消費貸借についての控訴人A夫の被控訴人公庫に対する連帯保証債務が存在する旨主張していることは、それぞれの当事者間に争いがない。

二  被控訴人金庫の主張(代理権の抗弁)について

1  ≪証拠≫によれば、昭和五〇年九月二九日、被控訴人金庫と訴外a建設有限会社(その代表者は、控訴人らの二男甲山D郎)との間に信用金庫取引約定が締結されたこと、昭和五一年六月三日付で被控訴人金庫と右訴外会社との間の右信用金庫取引による債権及び被控訴人金庫の訴外会社に対する手形上又は小切手上の債権を担保するため、控訴人らを根抵当権設定者兼連帯保証人として、控訴人A夫の所有の本件土地(ほかに、当時同人所有の土地一筆を含む。)及び控訴人B子所有の建物(本件建物)を共同担保とする根抵当権設定証書(乙第三号証の一)が作成され、これに基づいて、前記の最初の根抵当権設定登記がなされたこと、右証書の控訴人らの署名及び各名下の押印は、甲山D郎又はその妻E美(離婚復氏後の姓は丙谷)あるいは同人らの依頼を受けた被控訴人金庫の係員によつてなされたこと、右契約による根抵当権の極度額については、原判決六枚目四行目ないし一〇行目に記載のとおり四回にわたりこれを増額する変更契約がなされたが、これら変更契約書の控訴人らの署名押印も、E美らがこれを代行したこと、昭和五六年五月三〇日、訴外会社の被控訴人金庫に対する前記の債務を担保するため、新たに、本件土地及び本件建物につき極度額を一五〇〇万円とする前記と同様の根抵当権設定契約書(乙第四号証)が作成され、これに基づいて本件土地に更に根抵当権設定登記がなされたこと、同契約書の控訴人らの署名、押印についても、E美らがこれを代行したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  控訴人A夫は、同人の右署名、押印は、その意思によらずになされたものであり、本件各根抵当権設定契約はいずれも無効である旨主張し、被控訴人金庫は、これらはいずれも当時甲山D郎の妻であつたE美が控訴人A夫の依頼により、同人を代理してなしたもので有効である旨主張するので、検討するに、本件全証拠をもつてしても甲山E美が控訴人A夫を代理して第三号証の一及び第四号証の根抵当権設定契約を被控訴人金庫との間に締結すべき権限を有していたものとは認められない。却つて、≪証拠≫によれば、控訴人A夫は、本件土地につき被控訴人金庫のため根抵当権を設定するにつき、D郎、E美あるいはA夫の妻B子から事前又は事後に何らかの相談を受けたりこれを承諾したことはなく、右各契約書の作成や根抵当権設定又は変更の登記手続に使用された控訴人A夫の実印や本件土地の登記済証は、これらを保管していたB子が、後記認定のとおりD郎やE美から、前記会社の事業資金の調達のため必要なので貸して欲しいとの要請を受け、控訴人A夫には断りなく自己の実印等とともにE美に手渡したものであつて、控訴人A夫は、昭和五七年一〇月頃E美がD郎との離婚を決意し、甲山家を出ようとしてその旨をD郎の父A夫に申し出した際に同女から本件土地が被控訴人金庫の担保に入つていることを打ち明けられて初めてこれを知つたものと認められる。

もつとも、控訴人ら夫婦とD郎ら夫婦とは当時本件建物に同居していた(このことは、≪証拠≫により認められる。)のに、D郎やE美は、本件土地等への根抵当権の設定等についてA夫には全く相談することなく、もつぱらB子とのみ交渉して実印等を借り受けていたとか、B子も事前又は事後にA夫に打ち明けることなく、そのためA夫はE美が家を出る際、同女からこれまでのいきさつを説明されるまでその事情を知らなかつたというのは、多少不自然であるとの感を否めないが、≪証拠≫によれば、同人がD郎との離婚の意思を固めて甲山家を出ようとしたとき是非とも本件土地に根抵当権が設定されていることをA夫に話しておかなければならないと考えたのも、その経緯をA夫は知らないであろうと考えたからであると認められること、また、後記認定のとおり、被控訴人金庫の担当者がa建設の倒産後控訴人ら宅を訪れた際、A夫は「根抵当権の設定はB子が勝手にしたことであり、自分は知らないから責任はない」旨述べていることに照らすと、やはりA夫はE美から打ち明けられるまでは、本件土地に対し根抵当権が設定されていることを全く知らなかつたと認めるのが相当である。

3  右認定事実によれば、控訴人A夫の所有に係る本件土地については、E美又はD郎がA夫の意思によらないで無権限で同人を代理して本件各根抵当権設定契約を締結したと認められる。

三  被控訴人公庫の主張について

≪証拠≫、官署作成部分の成立は争いがなく、その余は≪証拠≫によれば、被控訴人公庫は、a建設に対し、原判決七枚目表九行目ないし同裏一〇行目記載のとおりに金五〇〇万円を貸し渡したこと、右消費貸借についてはその締結時に甲山D郎及び控訴人A夫を連帯保証人とする金銭消費貸借契約証書(丙第一号証)が作成されているが、A夫の署名、押印は甲山D郎又はE美によつてされたもので、右連帯保証契約の締結は、A夫の意思に基づくものではなかつたことが認められる。したがつて、被控訴人公庫と控訴人A夫との間の前記消費貸借債務についての連帯保証契約は、代理権限のない者によつて締結された無効のものと解される。

四  無権代理行為の追認について

そこで控訴人A夫による無権代理行為の追認の有無について判断する。

≪証拠≫によれば、a建設が不渡手形を出して倒産した直後である昭和五七年一一月初旬控訴人ら宅をその善後措置の協議のため訪れた被控訴人金庫の担当者丁沢F介、戊野G作に対し、A夫は「婆さん(B子)がやつた事で自分は保証をしたことはないから責任はなく、とぼければそれで済むが、横須賀信用金庫は古い取引先なので迷惑をかけたくない。」、「申し訳ない。娘婿とも相談してみます。」、「家がなくなると困るので、抵当権実行は待つて欲しい。」、「娘婿が自分の土地建物を処分して本件債務を弁済してもよいといつている。」等と述べたことが認められ、前掲証人らの供述中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定の控訴人A夫の発言中には、あたかも債務の返済についての自己の責任を肯定したと受け取られかねない部分がないではないが、弁論の全趣旨によれば、a建設が被控訴人金庫に負つている債務は三〇〇〇万円に近いと認められ、これを返済するためには本件土地建物を処分することなくしては困難であると考えられるから、いかにA夫が自分の息子の不始末により古くからの取引先である被控訴人金庫に多大の迷感をかけたと痛感したとしても、たやすく本件連帯保証契約や根抵当権の設定を追認するとは考えられず、ましてそのような関係にない被控訴人公庫に対しては尚更のことであつて、A夫が一方では自分には連帯保証責任や根抵当権設定の責任はないこと、競売で家を失いたくないことを言明していることから考えると、前記の発言は、息子が被控訴人金庫に迷惑を掛けたことに対する道義的責任感から、能う限り債務の返済に努力したいという意向の表明にすぎず、D郎やE美の無権代理行為を追認したものではないと解するのが相当である。

五  そうだとすると、被控訴人金庫とA夫との間の本件連帯保証契約及び根抵当権の設定並びに被控訴人公庫とA夫との間の前記連帯保証契約は、いずれもE美らの無権代理行為により締結されたものであり、無効であるといわざるを得ない。

第二控訴人B子の請求について

一  控訴人B子が原判決添付物件目録(四)記載の建物(本件建物)を所有していること、本件建物には原判決二枚目裏八行目ないし同三枚目表一行目記載のとおり、いずれも被控訴人金庫を根抵当権者とする二個の根抵当権設定登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

二  被控訴人金庫は、右根抵当権設定は控訴人B子の代理人甲山(当時)E美によつてされたものである旨主張するので、以下この点について判断する。

1  ≪証拠≫によれば、前示のとおり信用金庫取引約定が締結され、本件建物についても、本件土地について前示するところと全く同様の経過をもつて根抵当権設定証書及びその極度額の変更契約書が作成され、これに基づいて前示の根抵当権設定登記がなされたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  そこで、進んで本件建物についての昭和五一年六月三日付及び同五六年五月三〇日付の各根抵当権設定契約の締結に関する甲山E美の代理権の有無について検討する。

≪証拠≫によれば、控訴人B子は、D郎、E美から、a建設の事業資金の調達のため必要なので実印や本件土地及び本件建物の登記済証を貸して欲しい旨の依頼を受け、前記根抵当権設定契約やその極度額の変更契約のたびに控訴人らの実印及び登記済証をE美に渡していたこと、その際E美はD郎の指示どおりB子から実印等を受け取つたのみで、実印等の使用目的、締結しようとする契約内容の詳細については、B子に説明せず、B子もまたE美に対しその使用目的を特に質すこともしなかつたことが認められるが、同時に、前示のとおり、B子は実印とともに本件建物の登記済証をもE美に交付していること、本件建物には既に控訴人A夫が以前建設会社を経営していた当時同社を債務者として被控訴人金庫のために根抵当権の設定及び変更の登記がされたことがあり、a建設についても六度にわたり被控訴人金庫のために根抵当権の設定及び変更の登記がなされていること、昭和五六年五月頃、被控訴人金庫がa建設に対し、新たに一〇〇〇万円を貸し付けるにつきその債務保証の依頼を受けた神奈川信用保証協会の担当職員己原H平が連帯保証人の意思と担保物件の調査のため控訴人ら宅を訪れた際、B子は連帯保証人となることや本件建物等を担保に提供することを承知している旨述べたこと、前示のとおり被控訴人金庫の担当者が控訴人ら宅を訪問した際、B子はA夫と異なりa建設の債務額を尋ねただけで、担保提供の事実等については別段異議を述べなかつたことが認められるのであつて、これらの事実によれば、控訴人B子はD郎から説明を受けるなどにより、その依頼の趣旨を十分了解のうえ、これに応じてE美に実印や本件建物の登記済証を交付したものと推認されるのであつて、この事実によれば、本件建物についての根抵当権の設定契約は、B子からその代理権を付与されたE美が、B子の代理人として、その署名押印を代行する形式により被控訴人金庫との間で締結したと認めるのが相当である。

原審における控訴人B子の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  そうだとすると、控訴人B子と被控訴人金庫との間の前記根抵当権設定契約は有効であつて、これに基づいてなされたその設定登記の抹消を求める控訴人B子の請求は理由がない。

第三結論

以上の次第で、控訴人A夫の被控訴人金庫及び同公庫に対する請求はいずれも理由があるからこれを認容すべきであり、控訴人B子の被控訴人金庫に対する請求はこれを棄却すべきである。

よつて、原判決中、右と趣旨を異にし控訴人A夫の被控訴人公庫に対する請求を棄却した部分は失当であり、控訴人A夫の控訴は理由があるから、原判決中控訴人A夫の右敗訴部分はこれを取り消して同人の請求を認容することとし、控訴人A夫の被控訴人金庫に対する請求を認容し及び控訴人B子の同金庫に対する請求を棄却した部分は相当であつて、被控訴人金庫及び控訴人B子の各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却する

(裁判長裁判官 村岡二郎 裁判官 佐藤繁 宇佐見隆男)

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